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韓国ドラマ『ボクヒ姉さん』の虜(とりこ)になっている私ですが、皆さんはどのように想っておいででしょうか? 私の感想を述べると、色々な角度から考える切っ掛けをくれるところ…かな! それで真っ先に想ったのは家長制度でしたけど、家長制度以外にもイッパイあります。韓国ドラマには「伝説の人」の発想が基本にあるようで、例えば「伝統餅」、例えば「製パン」、例えば「漬物づくり」…それぞれの世界に伝説の老人がいる筋書きが多いと私は感じていて、今回のドラマも「ボクヒ姉さん」という偉大な女性がナニかをなす筋書きだろうと思える訳です。


そういうことで家長制度を今回は採り上げますけど、あなたは「家長制度ってナニ?」ってお思いになりますか?「そんなの知ってる」って思いますか?韓国ドラマでは伝説の偉人のいずれもが家長として尊敬されている設定になっているようで、それなら誰もが(モチロンあなたも)、伝説の偉大な人=家長として尊敬されたいとお想いになって当然かも知れません。家長制度について「人々を導き尊敬されている偉大な人」を短絡的に想像する人は多いでしょう。韓ドラ『ボクヒ姉さん』も、だから伝説として残るべき偉大な人を目指すのだろうと私は想っているのです。


伝説に残るような偉人になるのは誰にとっても愉しい計画・想像に違いない。きっとワクワクドキドキする想いに包まれている。若い人は夢を燃やして突っ走るくらいでなければ逆に鬱鬱と燻ぶってしまう惧れがある訳で、とにかく何でも好いから目標を持つことだと世間の人はよく言う。目標は何でも好いから…の大義名分の下に突っ走る人は現に大勢いるように思われる。目標は何でも好い…こんなこと言いだしたのは誰だろうか? 政府高官だろうか?内閣だろうか?文科省だろうか?目標は何でも好い…このフレーズには続けるべき大事なフレーズが欠けていると私は思っている。


目標は何でも好いから頑張れと息子を励ます親父は万が一の場合の息子の尻ぬぐいをする責任を逃れられない立場にいる訳で、責任を取る気もなく説教して好い気になっているだけなら愚かでしかない…重い責任を担う自覚をもつ親は万一に備えて並走することになる。並走してこそ走る意味が他人ごとでなくて自分の目的になっている訳であり、目標・目的も具体的に見えてくるだろう。目標が具体的であってこそ工夫を凝らすことも可能になるのであり…だから何でも好いから頑張ればいいとか言うだけなら万一の痛みを自ら受け留める気持ちなく無責任に逃げる見っともなさ。


諺に「丸い玉子も切りよで四角、モノも言いよで角が立つ」と云います。丸い玉子自体は四角くなる知恵を持たないが人間の知恵が加わることで四角にもなれる訳で、人間の何らかの働きかけがあってこそ無自覚の人にも角が立ちもし、波風も立つのでしょう。コロンブスの卵と云うように働きかけなければ卵は立たず、偏見の人や工夫しない人は丸い玉子を四角く切ることは出来ないし、丸い卵を立てることも出来なくて、後でグズグズ愚図って騒ぐだけでしょう。諺に「窮すれば通ず」というが、ボクヒ姉さんは幼いときから追詰められ切羽詰まった状況を生きてきてグズグズ言う詰らない暇など持ってなくて、眼前には常に課題を乗越える対応に迫られていて、日々を前向きに強く生きていたのでしょうなあ。


家長制度の最下層に位置していたボクヒ姉さんには二つの道が用意されていて、一つは自分の境遇を嘆きながら他人を羨み世を拗ねて結局弱い者イジメをすることで腹いせし、弱い者を食い物にすることで伸上がる道。そしてもう一つは自分が苛められたことで苛められる辛さを知っているから自分は他人に意地悪できない性分を身につけ、ズルされる辛さを知っているから他人にズルして自分は楽することが出来ない生き方を身につけ、訳も分からずに苛められる辛さを知っているから他人に訳の分らない態度を取って苦しめることのない温かい人間性を具えることが出来て、つまり、悪環境で過ごしたことで人間性が良く磨かれる結果、人間が円熟する道。


産まれたとき人は誰もが裸で何にも持っていない訳で、産まれた環境だけは異なる。裕福な環境があり、貧しい環境もある。人は己がいる環境からナニを得るか、ナニを選び取り・なにを身に付けるか…でしょう。豊富な食料・オヤツ・着物・家屋・資産…そういった物をいっぱい身に付けているのが先進国の多くの人たち。ボクヒ姉さんには豊富な財産・資産はなく、自分を護ってくれる家族にも恵まれず、そんな貧しい環境から何を身に付けたのだろうか?あなたも私もボクヒ姉さんの哀しみ苦しみを他人ごととして見るのでなければ豊かな環境でいったい何を身に付けるのだろう? 勉強し、努力し、要領を使わずに正直に誠意をもって人に接するボクヒ姉さんなのだ。


家長制度に何の疑問も持たずに欲にまみれて暮らす人は多い訳ですが、いやあ、私には感じるところがいっぱいです。